MACHIKOご愛用者紹介・輝く女性たちVol.29


MACHIKOをご愛用くださっているお客さまをご紹介する「輝く女性たち」。
Vol.29に登場していただいたのは、シャンソン歌手として活躍中であり、株式会社筆まめ 流通営業部ECチャネル担当部長の早川ゆきさまです。

早川さまは、女優から転身されてゲームソフト会社を起業、そして大病を患い療養の末、『筆まめ』流通営業部ECチャネル担当部長として復帰されるという大変ドラマチックな人生を歩まれていらっしゃいます。現在は、類まれなる才能を発揮されて、ITビジネス業界だけでなく、シャンソン歌手としてもご活躍でいらっしゃる早川さま。人生の喜びも苦しみも人一倍多くご経験されていらっしゃる早川さまに、人生の歩みについて、そしてMACHIKOの使用感について語っていただきました。

「幼い頃から想い描いていた夢にむかって一直線、念願の女優に」

女優をしていたということを人さまにお話しすることは、今までずっと避けておりました。女優と言っても、TVドラマ、CM、ナレーター、有名企業の教育用ビデオ、TVレギュラー番組の司会アシスタントなど、私が思い描いていた舞台女優とはかけ離れたものでした。

この歳になって、自分の歩んできたことを素直に受け入れられるようになったことと、お友達から「その当時に必死に頑張って手に入れた女優という仕事をしていたことを、堂々と胸を張って誇りにしなくちゃ!」と言われ、自分の歴史に封印をすることをやめ、こうして少しずつお話しできるようになりました。

家族の反対を押し切って舞台女優の道をめざし、いつか家族に認めてもらえるようにと、あらゆるオーディションを受けまくり、小さな仕事でもありがたく演じさせていただきました。いつか舞台女優にと思いを膨らませ一心に走り続け、30歳を目前にした時に、のどに異変を感じ病院へ行くと、ポリープがあることが発覚。即時手術を受け腫瘍は無事に除去することができましたが、それと同時に大切な声帯が傷つけられ、女優を廃業せざるを得なくなりました。人生で初めての挫折でした。

食べていくために家の中で伏していてばかりもいられませんので転職活動を開始しましたが、小さいころから女優以外の道を考えたこともなく、どのように履歴書を書いてよいのかすら分からずじまいでした。さしあたり求人誌にあった「ストラットフォードコンピュータセンター」というシステム会社の入社試験を受けました。ストラットフォードとはシェイクスピアの生誕の地なんです。

何の会社かも調べず、ただシェイクスピアと関連した仕事ができるのではないかと訪ねました。(笑)そんな私に「あなたは将来、当社に必ず必要となる人材になる人だ」と言っていただき、採用していただきました。後から聞いた話ですが、面接時に根掘り葉掘りと沢山質問をされ、根性と正直さを認めていただいたとのことでした。

晴れて転職できたのは幸いでしたが、その後が大変でした。PC(パーソナルコンピュータ)業界のことはもちろん、技術的なことはさっぱり分からず、正直とても辛かったです。何とか期待に応えられるように、夜な夜な猛勉強しました。また、根性だけはありますので、自分の至らない分を頑張って売り上げにつなげたいと思い、秋葉原の量販店や当時ソフトウェアの流通であったSoftbankなどに足しげく通いました。来る日も来る日も遅くまでよく働きましたが、業界が立ち上がったばかりで、勢いがあり、楽しかったですね。

その頃のSoftbankはまだ30名足らずで、20代の若かりし孫正義氏がジーンズ姿で会社を闊歩されていました。当時一緒にお仕事をさせていただいていた方々は、いまではどんどん偉くなってしまって、そうそう簡単にお目にかかれなくなってしまいました。

「ゲームソフト会社を起業。10年継続し、さてこれからという時に・・・」

9年間IT会社のサラリーマンに従事し、その後ゲーム会社を立ち上げしました。海外の人気ゲームソフトを輸入し、ローカライズして販売していました。起業してからの10年はあっという間でした。しかし、またしても大病を患い、術後1年半ほど専門治療に専念しました。

ベッドの上で長い間、自分を見つめる時間ができ、最初は本当に落ち込んでばかりいました。しかし徐々に、それまでの自分の人生を振り返り、やりたい事と出来ることは違う事を自覚し、人生で大切なことは自分自身を知ることだと悟り、再びサラリーマンに戻りました。

 
「市場シェアの半分を誇る『筆まめ』の流通営業部 ECチャネル担当部長」

以前からお付き合いのあった当社の前オーナーからお誘いいただき、株式会社筆まめ(当時は株式会社クレオ)の営業マーケティングの責任者として、社会復帰いたしました。10年勤務し、昨年3月に定年退職したのちも、継続して嘱託社員として再雇用を受け、Amazonや楽天などのオンライン販売サイトへの製品納入や、販売会社ごとに合った広告やキャンペーンなどのご提案をしています。

当たり前の事ですが、仕事は一人ではできません。社内の企画・開発・制作・サポートのメンバー、そして取引先の皆さまとの連携や、コミュニケーションを年長である私が率先して、メンバーそして取引先の皆さま方のポテンシャルをいかに上げ、楽しみながら、苦しみながら結果を出す喜びを持っていただけるよう、最善の努力をしていく事、これが私のミッションであると同時に得意なことだと思っています。

「感動と喜びは苦労しないと得られないという方程式かもしれません」

10年前から趣味がこうじてシャンソン歌手として月に数遍ほど、都内のシャンソニエで歌っています。私は決して歌がうまいわけではありません。ただ、女優業をしていた経験から表現力はあるのかと思います。シャンソンの指導をいただいていた師匠から、習い始めて間もなく師匠のコンサートの前座で歌うよう指名されたのがきっかけで初めて舞台に立たせていただきました。大勢の観衆を前に舞台に立った時、あまりの緊張に体中が震えましたが、と同時に詩に込められた情感を全身全霊で表現させていただきました。歌い終わって沢山の喝采をいただいた時、自分が小さいころから心に思い描いていたシーンがそこにあり、夢の本質に気づかされました。

それからあちら、こちらから声をかけていただき、仕事と両立しながらシャンソン歌手を続けさせていただいています。昨年はパリでもフランス人の方達の前で歌わせていただけました。私の目標は、人生に一歩も引かず、前に前に進んで、80歳まで現役をめざすことです!

今となれば、苦労したことはすべて感動と喜びになっていて、忘れてしまったことは苦労していないことだとさえ感じています。という事は、私にとっては、感動と喜びは苦労しないと得られないという方程式かもしれません。

実は私は超乾燥肌であり、敏感肌でさらに、ハンデがあって、化粧品に限らず、衣服などもとても気を遣っています。そのため友人から新しい化粧品を薦められても、怖くてほとんど使用できません。MACHIKOのお化粧品も最初は『ダメダメ』と思ったのですが、20年来の親しい友人も使っていることを知り、思い切って使ってみようと試してみました。

コンデションがあまり良くない時から始めましたが、全くトラブルもなく、繊細かつ素晴らしい化粧品だと思いました。むしろ私のように超乾燥肌であり、敏感肌でさらに、ハンデがあっても人一倍美しくなりたい願望のある方々が、使用するのが良いかと思います。そして、うれしいことはMACHIKOを使ってから1か月過ぎたころから、めちゃくちゃ肌が柔らかくなったんです。いまでは自分のほっぺを触るのが楽しいくらいです。


プロフィール:

女優の道を挫折した20代最後の年に出会った新しい仕事で足掛け33年。IT業界で仕事をしています。当時は、パーソナルコンピュータ業界なんて、言われていました。こんなに長く居ると、業界自体が新しいので、長老になってしまいました。この30年間、本当に、本当にいろんな事がありました。特に私は波乱万丈で、小説やサスペンス劇場のネタになる題材はいくらでもあるのです。その中のひとつ、とってもステキなネタは、趣味で初めたシャンソンが副業のようになって、いまや私の生きがいになっています。現在は本業とシャンソン歌手の二足のわらじで、充実した60代を謳歌しています。

*お写真の花束は、関屋紀子さま(Vol.16)主宰Floral Medallionのご提供となります。






●○スタッフより●○
若さの秘訣を伺った時、「勇気と挑戦し続ける気持ちを忘れないことです」ときっぱりおっしゃいました。ドラマチックな人生を歩まれ、喜びも苦しみも多くを経験された早川さまから発せられる言葉はとても説得力があり、感動を覚えました。
IT業界では早川さまを知る人は多く、聡明かつ組織全体を見渡す力、洞察力に優れ、調整力と周囲の人を敬う気遣いは、幼少期からご実家で親戚の従姉妹らを預かり下宿させておられたそうで、そうした大所帯の中で育まれた社会性にあるように思いました。礼儀を重んじ、「いえいえ、私などとんでもない」といつも慎ましやかに謙遜される早川さまは本当にステキです。 私も早川さまのように年齢を重ねていきたいと思いました。

シャンソン歌手 早川ゆきオフィシャルWEBサイト
http://www011.upp.so-net.ne.jp/creopatrayuki/)

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